2000年9月中旬、スペイン、セビリア(Sevilla)訪問。
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スペイン政府観光局HP;
http://www.spain.info/ja/ven/grandes-ciudades/sevilla.html
セビリア(Sevilla)は、グアダルキビール川で大西洋まで出ることが出来、港湾都市として栄えました。
1992年にはセビリア万博が開催されています。
セビリア大聖堂は、1402年に建設が始まり、16世紀には完成しています。カトリックの大聖堂としては、サンピエトロ大聖堂を除けば世界一大きな聖堂です。ここには、アメリカ大陸を発見したとされるクリストファー・コロンブス(Christopher Columbus)のお墓があります。
コロンブス(Columbus)がアメリカ大陸を発見したという歴史的偉業のきっかけは、彼がマルコポーロの『東方見聞録』に影響されて黄金の国ジパングに行こうとしたところから始まっているのはとても面白い。
このころは、まだ地球が球体であることが十分認識されていなかった。フィレンツェ共和国出身の天文・地理学者、数学者パオロ・ダル・ポッツォ・トスカネッリが1474年に唱えたのが歴史に残っていますが、それ以前にも地球球体説を考えていた人はいたようです。しかしそれが人々の認識までには至っていませんでした。
コロンブスは、コルドバでイサベル1世とその夫フェルナンド2世(カトリック両王)に謁見した後、財政的援助を得ることが出来るようになって、1492年8月3日に大西洋に向けて出航しています。コロンブスは、日本までの距離を、実際は10,600カイリ(19,631.2㎞)なのに2,400カイリ(4,444,8㎞)と短めに予測していました。この大きな間違いがなければ彼はアメリカ大陸を発見しなかったかもしれません。カナリア諸島で三隻の食料などの補給をした後、大西洋では今のキューバ辺りまで陸地がないので、地球が平板だと考えている船員も多く、不安により小さな暴動も船の中で起きています。過酷な船旅であったことが想像されます。
面白いことに1492年に、現存する最古の地球儀が作られています。そこには、想像上の日本や中国は描かれていますが、アメリカ大陸が描かれていませんでした。また、ポーランド出身の天文学者ニコラウス・コペルニクス( Nicolaus Copernicus、1473年2月19日 - 1543年5月24日)が、当時主流だった地球中心説(天動説)を覆す太陽中心説(地動説)を唱えたのもこのころです。




このセビリア大聖堂は、もともとイスラム教のモスクであったと考えられます。ヒラルダの塔も、モスクのミナレットでした。
セビリア大聖堂の中は、明らかにイスラム文化の香りがする壁の装飾を見ることが出来ます。
レコンキスタ以後、モスクはカトリックの大聖堂に作り替えられてはいますが、建物そのものを流用しているので、壁など内装がそのままの状態で使用されており、イスラム文化を知ることが出来ます。