2012年5月27日 (日)

ツエルマット(Zermatt)4、マッターホルン(Matterhorn)4、スイス(Switzerland)

1999年8月中旬、スイス、ツエルマット(Zermatt)訪問。


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スイス政府観光局HP(日本語);
http://www1.myswiss.jp/alps/09/zermatt/

マッターホルン(Matterhorn)のマット(Matt)は、ドイツ語で牧草地、Hornは頂を意味します。緑豊かな高い山と言う意味でしょうか?スイスアルプスで、これほど切り立った頂はありませんね。どの山も素晴らしいのですが、ここは特別ですね。

ゴルグナート行きの登山電車に乗り、マッターホルンを間近で見れる山頂に登りました。


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左の写真は途中からツエルマットの街を見下ろしたところです。中央の赤い電車が見えるところがZermattの駅ですね。

左右の滝の写真は同じものですが、急斜面を流れ落ちるので、それほど大きくはありませんが、気持ちいいものです。電車の窓の明かりで見にくいですが、滝を感じていただければありがたいです。

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頂上のクルムホテル脇から、雄大な氷河を一望できますし、向かいの山々もアルプスらしい険しい山が見れます。


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少し歩きますが、リッフェル湖に逆さマッターホルンを撮影することもできますが、残念ながらこのときは、マッターホルンに雲がかかり、絶好のチャンスが巡ってきませんでした。それほど山の天気は変わりやすいです。


2012年5月26日 (土)

スカイツリー(Skytree)、墨田区(Sumida)、東京(Tokyo)

2012年5月下旬、東京(Tokyo)、墨田区(Sumida)、スカイツリー(Skytree)見上げる。


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スイス編の途中ですが、突然ながらスカイツリーをスカイバスで巡りました。

東京、丸の内側の三菱ビルのところにチケット売り場があり、そこからスカイバスが発車します。オープントップバスですので、屋根がなく、2階席からスカイツリーを堪能できます。料金は80分、1800円でした。

東京駅の丸の内、皆毎側にはハトバスがありますが、スカイツリーのコースは、食事つきで第1展望台まで登ることが出来ますが、料金は高いです。約9000円前後。

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天気がいいと日焼けしますから、日焼け対策をどうぞ。帽子もいいのですが、バスもスピードが出る時がありますから、風が強くなりえます。飛ばされないようにしてください。女性は扇子もいいのですが、同じように風が強いときに飛ばされませんように。

オープントップバスですので、電車の線路下のガードをくぐるときが、壮観です。まさに真上にガードが来ますから。それに、信号機が大きいのが良く分かります。また、行き先表示の看板はでかい感じが良く分かります。あれだけ大きいものを吊り下げているとは、支える支柱が太くないと台風で飛ばされますね。

そんなこんなの見る景色が違って見えるのが面白かったです。

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左の写真は、ビルの上に、社か?教会か?変わった建物がありました。


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そのうち、展望台へ登るチャンスも来るでしょう。お楽しみに。


2012年5月25日 (金)

ツエルマット(Zermatt)3、マッターホルン(Matterhorn)3、スイス(Switzerland)

1999年8月中旬、スイス、ツエルマット(Zermatt)訪問。


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スイス政府観光局HP(日本語);
http://www1.myswiss.jp/alps/09/zermatt/

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引き続きツエルマット(Zermatt)でのお祭りをご堪能ください。

参加している人々も、本当にお祭りを楽しんでいます。

日本にもたくさんの種類のお祭りがあるんですよね。どこも祭りでお互いの絆を確認し合っているのですよね。

2012年5月24日 (木)

ツエルマット(Zermatt)2、マッターホルン(Matterhorn)2、スイス(Switzerland)

1999年8月中旬、スイス、ツエルマット(Zermatt)訪問。


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スイス政府観光局HP(日本語);
http://www1.myswiss.jp/alps/09/zermatt/

何とラッキーなことにツエルマット(Zermatt)でお祭りに出会いました。年に何回あるか分からないくらいの数ですから、本当に幸運ですね。


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村の広場に舞台が設定され、そこで音楽、踊りが村の人たちによって演じられました。きっと夏の間に、祭りによって村人の交流を図るために催されているのではないでしょうか?

ほとんど外部の人がいない状態でしたので、日本人は私たちだけで本当に幸運でした。

観光地でめったにお祭りなどに出くわしたことがなかったので、感慨ひとしおです。


2012年5月23日 (水)

ツエルマット(Zermatt)1、マッターホルン(Matterhorn)1、スイス(Switzerland)

1999年8月中旬、スイス、ツエルマット(Zermatt)訪問。


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スイス政府観光局HP(日本語);
http://www1.myswiss.jp/alps/09/zermatt/

クール(Chur)から氷河急行(Glacier Express)に乗り、アンデルマット、ブリーク経由でツエルマット(Zermatt)まで行きました。氷河急行は、事前に日本から指定席をとるときに依頼して進行方向左側の席を確保しましょう。とても素晴らしいパノラマビューが見れます。スイスに来られたら必ず乗るようにお勧めします。スイスは鉄道王国で網の目のように鉄道が張り巡らされ、スイスの主要都市には必ず鉄道で行けます。ジュネーブもチューリッヒも空港に鉄道駅が隣接し、遅く着いたその日にホテルに入れます。

皆さんよく御存じないのが、ライゼゲペックです。スイスの鉄道は、重いスーツケースを持って歩かなくともいいように、次の鉄道駅まで、スーツケースを運んでくれます。朝出せば夜には受け取れます。ホテルに頼んで、受取に行ってもらうこともできます。手ぶらで旅行するのにこれほど便利な施策はありません。最近は駅の手荷物預かりも減ってきていますが、スイスは観光で食べている面がありますから、このライゼゲペックの制度を続けてくれています。なんとありがたいことか。日本人は、大体海外旅行に大きなスーツケースを持っていくことが多いですよね。このサービスは日本人にピッタリです。

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ツエルマット(Zermatt)と言えば、マッターホルン(Matterhorn)ですね。これだけ尖った山がスイスアルプスにあることが不思議です。このときは雲もなくきれいに撮れました。アイガー、グランド・ジョラスとマッターホルンの切り立った北壁を三大北壁と呼ばれています。スイス・イタリア国境にあり、標高は4,478mで登るには酸素ボンベをせたろう必要はないかもしれませんね。

マッターホルン(Matterhorn)は、ツエルマット(Zermatt)から登山電車でゴルナグラート(Gornergrat)まで登って、間近に見ることが出来ます。もちろん、氷河を望むことが出来ます。ゴルナグラート(Gornergrat)の頂上では、食事もできるレストランもあり、ここで休憩して景色を楽しんでください。高齢者でも高山病を気にしないで登ることが出来ます。

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別の日の写真もどうぞご覧ください。

2012年5月22日 (火)

クール(Chur)、スイス(Switzerland)

1999年8月中旬、スイス、チューリッヒ(Zurich)からクール(Chur)まで行きました。


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今回は、日本からチューリッヒ(Zurich)を経由してツエルマットまで行きます。その後、インターラーケン、グリンデルワルト、ルツエルンを経て、帰国しました。

さて、スイス入りは、日本からはジュネーブ(Geneva)とチューリッヒ(Zurich)と2空港ありますが、今回はチューリッヒ(Zurich)から入りました。直行便がありますから乗り換えがなくて、楽です。

チューリッヒ(Zurich)の街は、いろいろ面白いところがありますが、今回は宿泊だけしました。飛行機の疲れもあり、次の日に朝からツエルマット行きに乗るためホテルでゆっくりしました。

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チューリッヒ(Zurich)の街は、トラムが走っているので、親しみがわきます。

チューリッヒ(Zurich)からは、クール(Chur)までスイス国鉄SBBを利用して行きました。SBBの電車は、大型で乗り心地も良く、揺れも少なく気持ちがいいです。線路の幅も広いので、安定感があって、乗客として利用すると楽しいです。

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右側の2階建て電車がSBBで、左側の線路に入っている電車がクール(Chur)からツエルマット(Zermatt)まで行く私鉄電車です。赤い車両がいいですね。氷河急行(Glacier Express)を構成するマッターホルン・ゴッタルド鉄道(MGB)とレーティッシュ鉄道(RhB)という、スイスの鉄道事業者2社が、ツェルマットとサンモリッツの間で運行しています。SBBと線路の幅が違うので、クール(Chur)から先が異なる軌道になっていますが、山岳鉄道ですので、スピードの出る大型のSBBの車両は山岳に入るのには無理があります。

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サンモリッツからクールまで来た列車は、ここで向きを変えて増結し、ディセンティスまでレーティッシュ鉄道が運行します。

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このときは、スイス民族衣装の人たちと近くの席に乗りました。歌と踊りを披露するために出かけるとのことでした。めったに遭遇しないことに出会えて、うれしかったです。

2012年5月21日 (月)

バルセローナ(Barcelona)3、モンセラート(Montserrat)、スペイン(Spain)

2000年9月中旬、バルセローナ(Barcelona)、モンセラート(Montserrat)訪問。


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モンセラート(Montserrat)は、セラット山ということで、のこぎり山と言う意味があります。遠くから見ると、切り立った山々がのこぎりの刃のように見えるところからこのように呼ばれるようになったと思われます。

ここはベネディクト会のサンタ・マリア・モンセラート修道院付属大聖堂(Monasterio de Montserrat)があります。キリスト教の聖地です。スペインには、キリスト教に関係する施設がいくつかあります。サンティアゴ・デ・コンポステーラも聖地です。ザビエル城も、フランシスコ・ザビエルの生まれた城で大切な場所です。

モンセラートへ行くには、バルセローナから郊外へ向かう電車で山のふもとまで行けます。その駅からロープウエイで直接入ることが出来ます。

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ここは、黒いマリア像で有名です。アフリカが近いせいでしょうけれど、マリア像が黒いものはここで初めて見ましたが、スペインではそれほど不思議なことではないようです。

2012年5月20日 (日)

マドリッド(Madrid)、スペイン(Spain)

2000年9月中旬、スペイン(Spain)、マドリッド(Madrid)訪問。


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http://www.spain.info/ja/ven/grandes-ciudades/madrid.html


マドリッド(Madrid)は、スペインの首都であるとともに、マドリッド(Madrid)州の州都、マドリッド(Madrid)県の県都です。もちろん、スペイン第1の都市です。人口は325万人(2009)で、欧州の中でも最も高地にある首都です。

見どころはたくさんあります。あなたが何に興味があるかで、訪れてみる価値のあるところは多いです。私たちは、スペインに慣れてきて、感動が少し少なくなってきたかもしれません。プラド美術館を一通り見て回るだけでも1日では足りない感じで、日ごろ歩いていなかったせいで、本当に疲れました。エルグレコなどスペインの有名な絵画や彫刻、その他美術品がたくさん展示されているのですが、その数が半端ではないですから、途中省略して見て回っても見切れないほど展示品があります。美術館を回るときは、事前に集中して見るところを決めて、そこを徹底的に見ることを勧めします。

マドリッド(Madrid)の【世界遺産】は、マドリッド(Madrid)郊外の王立エル・エスコリアル聖ロレンソ修道院が有名ですが、今回は訪問先に入れていません。どなたか訪問し、旅行記を書いていただけますとありがたいです。

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マドリッド(Madrid)のほぼ中央に大きなレティーロ公園(Parque del Buen Retiro)があります。

ここには立派な銅像があります。この公園も広大で、一方の辺(縦)がプラド美術館の横幅の3倍程度の距離があります。横は、2倍程度はあります。公園の中には並木道もあれば、池もあり、大道芸や中国関係の占いやそれに類したものを小さな演台を作り、露店でやっています。スペイン人が、あるいは観光客がそのようなオリエンタルなものに惹かれることはとても興味のあることでした。
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夜はホテルから予約してもらい、フラメンコ(食事つき)を堪能しました。あなたもぜひどうぞ。

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2012年5月19日 (土)

セビリア(Sevilla【世界遺産】)3、スペイン(Spain)

2000年9月中旬、スペイン、セビリア(Sevilla)訪問。


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スペイン政府観光局HP;
http://www.spain.info/ja/ven/grandes-ciudades/sevilla.html

セビリア(Sevilla)がレコンキスタの主要都市であったのはとても面白いことです。15世紀後半、カスティーリャ王国とアラゴン王国の合併によって成立したスペイン王国はレコンキスタを1492年に完了しています。そして、コロンブスが新大陸発見の旅に出たのも1492年です。スペインはアメリカ大陸との貿易で大きな利益を上げ、栄えました。その中心地の一つがセビリア(Sevilla)です。大航海時代の中心地です。

繁栄を誇ったスペインですが、その後大きな進展が見られなく、400年間、この大航海時代の遺産で食べてきたようで、現在、スペインは失業率が高く、若者の仕事がないのが問題になっており、ギリシャ問題が適切に解決されないと、スペインも影響を受ける可能性があります。

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セビリア大聖堂に付随するヒラルダの塔から見た景色です。

聖堂内から天井を見上げた時、丸い形の天井が見えたのですが、上から見るとその逆の形で見えるという奇妙な感じがします。しかも黒い感じですので、なんとなく興ざめです。

セビリアは内陸にありますから、バルセローナのような解放感はあまり感じられません。ここもスペイン南部ですので、気温も暑く、9月でも日本より気温が高い感じです。

2012年5月18日 (金)

セビリア(Sevilla【世界遺産】)2、スペイン(Spain)

2000年9月中旬、スペイン、セビリア(Sevilla)訪問。


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スペイン政府観光局HP;
http://www.spain.info/ja/ven/grandes-ciudades/sevilla.html

セビリア(Sevilla)は、グアダルキビール川で大西洋まで出ることが出来、港湾都市として栄えました。
1992年にはセビリア万博が開催されています。

セビリア大聖堂は、1402年に建設が始まり、16世紀には完成しています。カトリックの大聖堂としては、サンピエトロ大聖堂を除けば世界一大きな聖堂です。ここには、アメリカ大陸を発見したとされるクリストファー・コロンブス(Christopher Columbus)のお墓があります。

コロンブス(Columbus)がアメリカ大陸を発見したという歴史的偉業のきっかけは、彼がマルコポーロの『東方見聞録』に影響されて黄金の国ジパングに行こうとしたところから始まっているのはとても面白い。

このころは、まだ地球が球体であることが十分認識されていなかった。フィレンツェ共和国出身の天文・地理学者、数学者パオロ・ダル・ポッツォ・トスカネッリが1474年に唱えたのが歴史に残っていますが、それ以前にも地球球体説を考えていた人はいたようです。しかしそれが人々の認識までには至っていませんでした。

コロンブスは、コルドバでイサベル1世とその夫フェルナンド2世(カトリック両王)に謁見した後、財政的援助を得ることが出来るようになって、1492年8月3日に大西洋に向けて出航しています。コロンブスは、日本までの距離を、実際は10,600カイリ(19,631.2㎞)なのに2,400カイリ(4,444,8㎞)と短めに予測していました。この大きな間違いがなければ彼はアメリカ大陸を発見しなかったかもしれません。カナリア諸島で三隻の食料などの補給をした後、大西洋では今のキューバ辺りまで陸地がないので、地球が平板だと考えている船員も多く、不安により小さな暴動も船の中で起きています。過酷な船旅であったことが想像されます。

面白いことに1492年に、現存する最古の地球儀が作られています。そこには、想像上の日本や中国は描かれていますが、アメリカ大陸が描かれていませんでした。また、ポーランド出身の天文学者ニコラウス・コペルニクス( Nicolaus Copernicus、1473年2月19日 - 1543年5月24日)が、当時主流だった地球中心説(天動説)を覆す太陽中心説(地動説)を唱えたのもこのころです。

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このセビリア大聖堂は、もともとイスラム教のモスクであったと考えられます。ヒラルダの塔も、モスクのミナレットでした。

セビリア大聖堂の中は、明らかにイスラム文化の香りがする壁の装飾を見ることが出来ます。

レコンキスタ以後、モスクはカトリックの大聖堂に作り替えられてはいますが、建物そのものを流用しているので、壁など内装がそのままの状態で使用されており、イスラム文化を知ることが出来ます。

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